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連載《法華経は佛教の生命「仏種」である。》
―IT時代の宗教―第1話

掲載日 : 2004/1/1

 私達は仏教徒として釈尊のお説きになったお経の中でも、大乗仏教の真髄と仰がれ諸経の中の「大王」と尊ばれている有り難い法華経を信じ、お題目を唱える幸せな果報をいただいております。

 しかし、法華経は何故に尊く霊験があらたかなのか。
宇宙時代の今日、法華経でなければ成仏できないと言われるのは何故だろうか、いろいろと疑問をお持ちの方もあろうかと思います。
これらの疑問にお答えするために、仏教の生命である「法華経」について、解り易くご説明したいと思います。

 まず第一に知らなければならないことは、法華経には一切衆生が成仏できる「仏種」が説かれていますが、他のお経には一番肝心な「仏種」が説かれていません。
ところが、世間一般には、仏教といえば釈尊が説かれたのであるから、どのお経も皆、同じであると考えている方が多いのです。

 しかし、お経をよく読み、その説かれている内容を調べてみますと、大変大きな違いがあることが解ります。

 釈尊から、「仏種」を説いた法華経でなければ、成仏できないと聞かされ、智慧第一の舎利弗尊者を始め、多聞第一と言われた阿難尊者、神通第一の目連尊者などの十大弟子を含めて、多くの弟子達は、今まで信じていた方便の教え(念仏・真言・禅・律)を正直に捨てて素直に法華経を信解し、仏に成る「妙法」を説いた、一念三千の「仏種」を心田に植えたのです。

 

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