法華経法華宗真門流
法華経法華宗
法華経とは
法華経法華宗真門流について
法華経法華宗真門流総本山本隆寺
お釈迦様のご生涯
日蓮聖人のご生涯
日真大和尚のご生涯
法華経法華宗真門流全国寺院紹介
メール
トップページ
ちょっと豆知識
ミニ法話
仏教Q&A
 


法華経法華宗真門流QRコード

 
法華宗真門流からのお知らせ
2010.2.15
トップページに「お題目に生きる」「罪障」を掲載しました。
2010.1.22
ミニ法話ページに「宝くじに当たったあとはお題目」 仏教Q&Aページに「因縁」を掲載しました。
2009.12.13
ミニ法話ページに「成道会
仏教Q&Aページに「煩悩と菩提」を掲載しました。
 

宝くじに当たったあとはお題目

    布教師 上川 勝清

  「迷う時は衆生と名づけ、悟る時をば仏と名づけたり、たとえば闇鏡も磨きぬれば玉と見ゆるが如し、只今も一念無明の迷いは心磨かざる鏡なり」

 この一文は日蓮聖人御年三十六歳の建長七年(一二五五年)にお書きになった「一生成仏鈔」の一節でございます。

 日蓮聖人はこの御書の中で、迷っている人を衆生と名づけ、悟った人を仏と名づけるのだ、と申しておられます。さらに、無明の迷いとは心が磨けていない事から生じるのでありますから、私達はどのようにして心を磨けばよいのでしょうか。それは深く信心をして、日夜朝暮にかかわらず磨くこと、ただ南無妙法蓮華経と唱えることであります。

 私の信者さんに、毎月車で片道四時間もかけてお参りに来られるお方がいらっしゃいます。なぜこのような長い時間をかけてまで来られるようになったかと申しますと、ご自分の仕事に自信が持てなくなった事や職場の方々との意見の違いなどが原因で、生きていくことが本当に嫌になってしまい、自殺をするところまで追い詰められたそうです。このお方とお会いしたのが二年前で、私のお寺まで人伝いに聞いて来ましたとの事でありました。
本堂に入られて、ご本尊様の前で正座をして合掌して頂き、心静かにお題目をお唱えするよう申し上げました。初めは小さな声で自信無さそうにお唱えしておられましたが、一時間くらい経った頃からご自分の心の中に込上げてくるものがあったのかと思います。涙を流しながら一心にお題目をお唱えしておられました。

 お参りが終わった後、そのお方が「何か不思議に涙が出てしまいました。あの涙が自分の心のつかえを取り除いてくれた感じが致します」といって、顔にも少し笑みが出てきました。私は、「お題目の中には、生きる力、人との和を持つ力などがあり、さらに、自分の我を取ることによって周りの方々の動きがわかるようになるのです」と申し上げました。

 人は信仰をすることによって、また心を磨くことによって、人に対する慈悲の心を持ち、ご先祖様に感謝の心、ご両親に報恩の心を持つことができるのです。一人ひとりが一心にお題目をお唱えし、日夜朝暮にかかわらず磨くこと、これこそが「一念の心」と日蓮聖人はご指南になっておられます。

 

因縁

     

 お経に『一切の業障海(ごうしょうかい)はみな妄想より生ず』とあります。業障(ごうしょう)は私たちの妄想から生じてくるものであると示されています。いわしの頭も信心からと申しますが、私たちの信仰の始めは、現世利益を得たいという場合が多いようです。このような信仰は大変浅い信仰と言わねばなりません。正しい信仰に入るための方便、仮りのものです。
 信仰に入るまず第一の動機は、み仏さまを恋慕(れんぼ)渇仰(かつごう)し、自分は妄想により悪業の罪深い人間であると自覚して、罪障を消滅させるために信仰するのが正しい信仰であります。ですから、私たちが無始以来より積み重ねた罪業が、現在の暮らしや、考え方のさわりになっていると思うことであります。これを「罪障」というのです。

 もともと、人間はその心の中に仏の世界から地獄の世界まで「十界」の性質が具わっています。私達は悪業の因縁が多く、自分の眼・耳・鼻・舌・身の五つの感覚機関を通して、過去・現在・未来にわたって悪業の因縁を重ねているのです。
 法華経に『放逸(ほういつ)にして五欲に著(ちゃく)し悪道の中に堕ちなん』と示されている通り、私たちの罪障は多く深いものであります。自己を反省し罪障消滅を願うことは、信仰生活の大切なことであります。自分をふりかえりみることのできない人は、他人を妬み、のろったりする悲しい人であります。自分が正しいにもかかわらず、他人から迫害を受けるときも他人をうらまないで、反省懺悔(さんげ)する人々こそ真の信仰者であります。
 日蓮聖人のような偉大な聖者、仏の使いとして末法に出現された大聖人でさえ、大難四ヶ度小難数知れぬほどの迫害を、宿業の報いであり過去世の因縁と反省されて、信念堅固な信仰を高揚されたのであります。
 人間は、自己の反省懺悔の中に誠の心が目覚め、これが正しい信仰の道の精進につながるのです。幸福のために罪障消滅に励みたいものであります。

 

法華宗真門流総本山本隆寺は京都西陣にあります


 総本山本隆寺は京都の閑静な住宅街の中にあります。この場所は応仁の乱当時、西軍が陣を置いていた事から西陣と呼ばれるようになり織物の街へと変遷してきました。

 時代は移り変わり現在の西陣は、昔ほどにぎやかに織機の音はせず大きな通りには、お洒落なお店が立ち並び華やかになってきましたが、本隆寺のある紋屋町に足を踏み入れるとそこには、まだまだ古き良き西陣らしい雰囲気が残っています。

夜泣き止め松
夜泣き止め松
 そんな中にあるこの本隆寺は室町時代に開かれた法華宗真門流の総本山で、『不焼寺』(やけずのてら)とも呼ばれ、子供の夜泣きを止めると言われる「夜泣き止めの松」等が有名です。
 
法華経法華宗真門流会員ページ