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法華宗真門流からのお知らせ
2010.1.22
トップページに「宝くじに当たったあとはお題目」「因縁」を掲載しました。
2009.12.13
ミニ法話ページに「成道会
仏教Q&Aページに「煩悩と菩提」を掲載しました。
2009.11.11
ミニ法話ページに「夢の浄土、現の浄土
仏教Q&Aページに 「法華信仰の利益」を掲載しました。
 

宝くじに当たったあとはお題目

    布教師 吉田 勝弘

 先日、地球物理学者の講演を聞く機会があった。話を聞く前は、仏教とは縁遠いだろうナァと思っていた。「地球が自転するのも、山が噴火するのも、台風が発生して吹き荒れるのも、落雷して山火事になるのも、すべてが地球の持つエネルギーです。そしてこのエネルギーは、地球という閉ざされた空間では増えもせず減りもせず、常に一定です」という話を聞いた。
 続けて、地球物理学者は、「エネルギーの中の一つに、生命エネルギーというものが存在します。生命エネルギーにも質量があり、この質量は他のエネルギーと同じく常に一定であって、誕生するエネルギーと死亡するエネルギーとが均衡していて、『人が死ぬと、その人のエネルギーは生命エネルギーのふるさとへ帰る』」ということを聞いた。
 さらに続けて、「ふるさとへ帰った生命エネルギーが、ふたたび人間として生まれるのか?……犬なのか?アリなのか?草なのか?、つまり人間・動物・昆虫・植物のどれに生まれ変わるのかは、自分の意思で決められるのもではなく、全くの偶然です。しかし、確実に言えることは、人間として生まれ変わるのは、『五億分の一の確率』です」と聞いた。
 この生まれ変わることを仏教では輪廻転生(りんねてんしょう)と言います。

 日蓮大聖人は、『大海の八萬四千由旬(はちまんしせんゆじゅん)の底に針を立て、大風の吹かん時、_利天(とうりてん)より糸をおろして、針の耳につらぬく不思議はありとも、人間に生を受ける事はあり難し』(法華大綱鈔)と述べておられます。

 つまり、台風の時に、天空から垂らした糸を、深い海底に立てた針に通すという奇跡よりも、人間として生まれることは、難しいという意味です。人間に生まれることは「ありがたし」とは、「有ることが難しい」という意味です。
動物でも、昆虫でも、植物でもなく、これほど難しい人間として生まれた私たちは、この存在自体が宝くじに当たった喜びなのであります。だからこそ、この命を大切にし、この人生を意義あるものにしなければなりません。

 意義ある人生とは何か?

 日蓮大聖人は、『これほどの受難(うけがた)き身を受けて、今度、佛法(ぶっぽう)の善悪をしらず、悪師の邪法(じゃほう)を行じて最第一(さいだいいち)の法華経を信ぜず。三途(さんづ)の黒闇(こくあん)の古里に還りて永劫流転(ようごうるてん)せん事、嘆きのなかの嘆きなり。』(法華大綱鈔)と述べられております。

 人間として生まれ、仏教に出会い、仏教の中の邪法を廃して、最高かつ最良の法華経を信じることで、転々と生まれ変わる輪廻転生の鎖から脱することができ、永遠の安楽である成仏がかなうのです。
 南無妙法蓮華経(お題目)を信じ、一心にお唱えすることをお勧めします。

 

因縁

     

 善因善果(ぜんいんぜんか)、悪因悪果(あくいんあっか)と申しまして、善行を行えば善い結果が得られ、悪行を行えば悪い結果がかならずあらわれてくる。これは因果の法則というものです。世間の教えにも「勧善止悪」がありますように、善いことを勧め悪いことを止めることでもあります。
 私たち自身の生命はどのようにして生まれてきたのだろうか、単なる偶然にできたのだろうか。いや、何事も「因」と「縁」によって生じてくるものです。形や姿ができるのも、何かの因と縁によって様々に変化して発生するのです。
 私たちの日々の生活は自分の業(ごう)による行いの力によって、常に移り動いているのです。私たちは凡夫(ぼんぷ)の悲しさでわからないだけであります。自分の生命の変化は業によって動くものです。

 日蓮聖人は『前世の業因(ごういん)によって営むべし』と仰せられています。

 すなわち、自分の行いによって自分がその結果を受けるのです。ですから「自業自得」というのです。今、私たちが受けている苦しみや楽しみというものは、自分の過去の行いの結果が生じたものであります。しかもこの因縁果報(いんねんかほう)は、過去・現在・未来と三世にわたるので、私たちの業(ごう)、すなわち行いは現世だけのものでなく、過去の世までもさかのぼりなかなか深いものがあります。ときには悪い因縁のものもあります。
 お経の中に、『悪業(あくごう)の因縁のため、正しい法を聞くことができない』と説かれていますが、私たちは今世(こんせ)で受けがたき人界(にんかい)に生を受け、逢いがたき法華経(正法)にあいたてまつることができたのです。これは一期一会の最大のチャンスであります。このチャンスを逃がすことなく、悪業の因縁を断ち切り、善業(ぜんごう)の「因」を植えたいものです。
 はじめに申しましたように、善い因は善い果を受けることができます。久遠本仏の救済の力は、私たちの強盛(ごうじょう)な信心で、必ずそれを成就することが出来るものであります。正しい信仰で真の幸福・平和・平等がみ仏さまより与えられるものです。

 

法華宗真門流総本山本隆寺は京都西陣にあります


 総本山本隆寺は京都の閑静な住宅街の中にあります。この場所は応仁の乱当時、西軍が陣を置いていた事から西陣と呼ばれるようになり織物の街へと変遷してきました。

 時代は移り変わり現在の西陣は、昔ほどにぎやかに織機の音はせず大きな通りには、お洒落なお店が立ち並び華やかになってきましたが、本隆寺のある紋屋町に足を踏み入れるとそこには、まだまだ古き良き西陣らしい雰囲気が残っています。

夜泣き止め松
夜泣き止め松
 そんな中にあるこの本隆寺は室町時代に開かれた法華宗真門流の総本山で、『不焼寺』(やけずのてら)とも呼ばれ、子供の夜泣きを止めると言われる「夜泣き止めの松」等が有名です。
 
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