法華宗 真門流とは
法華宗真門流ホーム > 法華宗 真門流とは > 日真大和尚のご生涯

日真大和尚のご生涯

1.ご誕生

《 1444年(文安元年)3月29日 》

ご開祖は兵庫県豊岡市九日市でご生誕されました。名を直麿(なおまろ)と称します。お父様は権大納言(ごんだいなごん) 中山親通卿で天皇に仕える方であり、お母様は山陰地方で大きな勢力を持っていた守護大名山名時義公の娘である玉露夫人であります。ご生誕の前夜に大粒の雹が降り、庭の枯れ井戸よりきれいな水が湧き出し、この井戸水を産湯とされました。現在、「誕生井」として史跡保護されています。

2.出家得度

《 1449年(宝徳元年)4月8日 6歳 》

妙境寺(みょうきょうじ)の日全上人(にちぜんしょうにん)を師として預けられ、1455年(康正元年)10月13日、12歳の時、日蓮聖人のご入滅日に剃髪得度され、「大経坊慧光(だいきょうぼうえこう)」と名を改められました。

3.修業時代

《 1461年(寛正2年) 18歳 》

比叡山に登り、5カ年間遊学研鑽に務められ、仏教の全ての教えは「法華経」にあることを確信し、その後、京都の妙顕寺にて天台・日蓮教学を学ばれました。

4.本隆寺創建

《 1488年(長享2年)4月28日 45歳 》

京都の四条大宮の地に慧光無量山本妙興隆寺(慧光山本隆寺)を創建されました。

5.地方弘通(ちほうぐづう)

ご開祖は日蓮聖人の正意を弘通すべく、
北陸・山陰地方で、法論問答と辻説法を重ねられ、
法華経の地方弘通に心血を注がれました。

6.ご下賜

《 1503年(文亀3年)60歳 》

後柏原天皇はご開祖が書かれました「天台三大部科文(てんだいさんだいぶかもん)」をご覧になられ、三大部の表題であります玄義・文句・止観と書かれたご料紙と吉野若松の書見台等をご下賜されました。また「法華宗日像菩薩正統一門之開闢常不軽院日真称大和尚也(ほっけしゅうにちぞうぼさつしょうとういちもんのかいびゃくじょうふきょういんにちしんだいかじょうとしょうするなり)」との一紙を下賜され、日蓮大聖人の正当な流れであることを証明されました。

7.曼荼羅湯

《 1519年(永正16年)76歳 》

兵庫県の城崎の地にて、熱湯の温泉があると聞き、お曼荼羅一幅を投げ入れたとたん適温のお湯となりました。以来この温泉を曼荼羅湯と呼び、城崎12温泉中効験第一の名湯となりました。

8.ご入滅

《 1528年(享禄元年)3月29日 85歳 》

ご開祖は、お弟子の日鎮・日唱・日諦・日雄各上人に看取られ、ご入滅されました。

このページのトップへ ▲