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『お彼岸(2)』

記事:布教師 小西 妙佳

 「お彼岸」と聞いて皆さんは何を思い浮かべられますか?
「お墓参り」「おはぎ・ぼた餅」「暑さ寒さも彼岸まで」などでしょうか。本来、「彼岸」とはインドの古い言葉、サンスクリット語の「パラミータ」が中国で音写され「波羅蜜(はらみつ)」となり、「到彼岸(とうひがん)」と訳されたものです。現在では「お彼岸」と親しみを持って呼ばれ、日本独自の仏教的な風習として根付いています。

 「到彼岸」とは迷いの世界(=此岸(このきし))から悟りの世界(=彼岸(かのきし))へ到るという意味です。迷いの世界と悟りの世界の間には大きな大きな「煩悩」という川が流れているとイメージしてください。昨年来の世界同時恐慌に象徴されるように私達は未来への不安・過去への後悔で迷いの世界にとらわれております。このような状況では目の前の煩悩の川(憎悪・嫉妬・貪欲などが渦まいている川)を渡る事ができません。このような私達に救いの教えを説かれたのが釈尊であり日蓮聖人なのです。

 釈尊は川を渡る方法(修行)として六波羅蜜を説かれました。

 1.布施・・・惜しみなく他人へ施しをすること
 2.持戒・・・嘘を言わない等の戒を守り、反省すること
 3.忍辱・・・不平不満を言わず苦しさに耐え忍ぶこと
 4.精進・・・最善を尽くす努力を継続すること
 5.禅定・・・心を平静に保つこと
 6.智恵・・・真実をみきわめ智恵を働かせること

 この六波羅蜜の修行では川を渡り彼岸へ到達できる人は限られた一部の人です。

 日蓮聖人は川を渡るただ一つの方法(修行)としてお題目を説かれました。釈尊の智恵と功徳がギュッと詰まった法華経のお題目を唱える事で、六波羅蜜の修行が自然と身につくと教えられています。つまりお題目を信じ唱える人は誰でも、たとえば不況の苦しい状況でも、冷静な判断をもって行動する事ができるようになります。

 だんだんと未来への不安が希望となり、過去への後悔が自信となって、どんなに広い煩悩の川であってもいつしか必ず彼岸へと到達するでしょう。迷いの衣服を身にまとったままでは煩悩あふれる川を泳ぎきる事はできません。お題目修行によって一枚一枚と衣服を脱ぎ、身軽になって目標に向かい泳ぎだしましょう。

 春分・秋分の日を挟む前後3日の1週間、より一層のお題目修行をするチャンスを与えて頂いたと積極的にご家族そろってお題目を唱えさせて頂きましょう。

合掌

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