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『宝くじに当たったあとはお題目』

記事:布教師 吉田 勝弘

先日、地球物理学者の講演を聞く機会があった。話を聞く前は、仏教とは縁遠いだろうナァと思っていた。「地球が自転するのも、山が噴火するのも、台風が発生して吹き荒れるのも、落雷して山火事になるのも、すべてが地球の持つエネルギーです。そしてこのエネルギーは、地球という閉ざされた空間では増えもせず減りもせず、常に一定です」という話を聞いた。
続けて、地球物理学者は、「エネルギーの中の一つに、生命エネルギーというものが存在します。生命エネルギーにも質量があり、この質量は他のエネルギーと同じく常に一定であって、誕生するエネルギーと死亡するエネルギーとが均衡していて、『人が死ぬと、その人のエネルギーは生命エネルギーのふるさとへ帰る』」ということを聞いた。
さらに続けて、「ふるさとへ帰った生命エネルギーが、ふたたび人間として生まれるのか?……犬なのか?アリなのか?草なのか?、つまり人間・動物・昆虫・植物のどれに生まれ変わるのかは、自分の意思で決められるのもではなく、全くの偶然です。しかし、確実に言えることは、人間として生まれ変わるのは、『五億分の一の確率』です」と聞いた。
この生まれ変わることを仏教では輪廻転生(りんねてんしょう)と言います。

 日蓮大聖人は、『大海の八萬四千由旬(はちまんしせんゆじゅん)の底に針を立て、大風の吹かん時、_利天(とうりてん)より糸をおろして、針の耳につらぬく不思議はありとも、人間に生を受ける事はあり難し』(法華大綱鈔)と述べておられます。

 つまり、台風の時に、天空から垂らした糸を、深い海底に立てた針に通すという奇跡よりも、人間として生まれることは、難しいという意味です。人間に生まれることは「ありがたし」とは、「有ることが難しい」という意味です。
動物でも、昆虫でも、植物でもなく、これほど難しい人間として生まれた私たちは、この存在自体が宝くじに当たった喜びなのであります。だからこそ、この命を大切にし、この人生を意義あるものにしなければなりません。

 意義ある人生とは何か?

 日蓮大聖人は、『これほどの受難(うけがた)き身を受けて、今度、佛法(ぶっぽう)の善悪をしらず、悪師の邪法(じゃほう)を行じて最第一(さいだいいち)の法華経を信ぜず。三途(さんづ)の黒闇(こくあん)の古里に還りて永劫流転(ようごうるてん)せん事、嘆きのなかの嘆きなり。』(法華大綱鈔)と述べられております。

 人間として生まれ、仏教に出会い、仏教の中の邪法を廃して、最高かつ最良の法華経を信じることで、転々と生まれ変わる輪廻転生の鎖から脱することができ、永遠の安楽である成仏がかなうのです。
南無妙法蓮華経(お題目)を信じ、一心にお唱えすることをお勧めします。

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