ミニ法話
法華宗真門流ホーム > ちょっと豆知識 > ミニ法話 > 「三歳の忘れた記憶」

「三歳の忘れた記憶」

記事:布教師 舟積法宏

 お寺には、さまざまな悩みや相談を抱えた方がお参りに来られます。ある日のこと「三歳の孫が変なこと言う。」と、お婆さんが心配になり、ご相談に来られました。お孫さんは「僕には三人のママがいたんだ。色の黒いママもいた。でも、今のママを選んだんだ。」と話すそうです。

  

 「心配無用です。稀に生まれる前の記憶が残っているお子さんがいらっしゃいます。安心して成長を見守って下さい。」とお話ししました。このような相談は二度ありました。

  

 生まれる前の記憶を「胎内記憶」というそうです。個人差はあるようですが、三歳くらいまで覚えており、成長過程で忘れてしまうことが多いようです。子供たちは、なぜママを選んだのか。また、どうやって生れてきたかを、目の前の映像を見て話すように、はっきりと話すそうです。生命の神秘です。共通して話すのは、ママが悲しそうだったから笑って欲しかった、など、人の役に立ちたいということを話すそうです。

  

 私たちが信じ唱える法華経にもそのような教えが説かれています。法師品第十の中で「衆生を憐れむが故に此の人間に生ずるなり。」と説かれています。

  

 思春期の頃、「誰も産んでくれなんて頼んでない」と親に言ったこと、考えたことは誰にでもあることでしょう。また、今の自分のおかれた環境、生活などに納得がいかないと感じること、もあるでしょう。しかし、私達は、大きな願いをもって、自分で自分を選び、今、産まれてきているのです。その願いとは、胎内記憶の残る子供たちが話すように、人の役に立つこと。家族や一生涯、出会う方を少しでも幸せにすることです。

  

 人間、一人では幸せになることはできません。日蓮聖人は、今の自分を見れば、過去の自分も、未来の自分もわかる、とお示しです。

  

 少しでも、より良い一生を、誰もが過ごしたいと考えます。少しでも幸せな一生を過ごすため、一度、三歳の頃に忘れた、両親への思い、人の役に立ちたいという気持ちを思い出して下さい。必ず、幸せの道は開かれます。

  

 私達の命は尊く、一瞬の時間も無駄にしてはいけないのです。

南無妙法蓮華経

ミニ法話トップへ戻る

このページのトップへ ▲