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『法華経から見た環境問題』

ありがとう。アリガトウ。有難う。 同じ言葉ではありますが、日本語は三通りに書くことができます。意味合いは感謝・謝礼の挨拶語です。有難うと漢字で筆記すると本来の意味がつかめます。有ることが稀で、存在することが難しいから有り難いとなり、勿体無いこと、恐れ多いことであるから感謝・謝礼の言葉として使われているのです。

 科学は人類の幸せのために発展して来たのでありますが、人類のために便利で都合のよいことしか考えなかったために、自然界の資源を無秩序に浪費し、自然界のサイクルを狂わした結果、環境を破壊して近年地球的規模の環境問題が色々と言われるようになりました。  

この環境問題について解決する方策はいろいろと考えられますが、東洋的思想の発想が解決の道と確信したいです。なぜなら東洋思想、殊に仏教思想を中心とした発想即ち一切衆生悉有仏性という考え方、生きとし生けるすべての生き物、山川草木にいたるまで全てに仏性が具っているという思想が、人間中心主義の西洋文明の考え方が是正され、本当の世界観・宇宙観が達成され、地球的環境問題が解決されるのではなかろうか。  

高度経済成長の時代は消費することが美徳のようにいわれてきましたが、それは美徳でもなく単なる浪費であったと気が付いた時は、自然サイクルの破壊であったのです。日本語の中に「勿体無い」という言葉があります。「勿体無い」ということは、物事の事象に感謝の気持ちが含まれているのです。最近は勿体無いという言葉があまり聞かれませんが、アフリカの女性で初めてノーベル平和賞を受賞されたマータイ女史が、京都議定書発効の時来日されて、日本語の中に「勿体無い」という言葉があるがこれこそ地球環境を改善する基本が有るという意味のことを語っておりました。その意味で一人一人が小さな力ではありますが、無駄な消費を止めて物を大切にして行くことが環境問題の解決になろうかと考えています。

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