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『追善供養について』

記事:布教師 木田 慧明

みなさん、本当の「追善供養」をしていますか!

ただ、みんながしているからとか、みんながすすめるからとか、しておかないと悪いことがおきるのではないかとか、ほとんどの人は形式的になんとなくやっているのが現状ではないでしょうか。

『先祖の為、亡き両親の為と、心から思っていても、正しく行われないとむだになってしまいますよ!』

日蓮聖人は本当の追善供養を「盂蘭盆御書」「開目抄」「報恩抄」などでお示しになっておられます。それは簡単に申しますと、今、末法時代の私たち衆生には『三大秘法の南無妙法蓮華経』を唱えて、弘めて罪障消滅を果し、成仏することが本当の追善なのだと。

なぜなら私たちと、先祖や両親さらに身の回りすべての物は、一体であり同体だからです。

私の中に先祖、両親すべてが、生きているからです。さてここで一つ「追善供養」の必要性を示しているような、昔話があるので聞いてください。

「ある旅人が馬とロバ2頭に荷物をいっぱい載せて旅をしていました。ある日のこと老いたロバが病気になり苦しくなって若い馬に、少し荷物を持ってくれないかと頼みました。ところが馬は知らんぷりして、ロバを助けませんでした。するとロバは重荷に耐えかねて死んでしまいました。旅人は仕方がないので、ロバの荷物を全部、馬に載せ、さらにロバの体も載せてまた旅を続けました。馬はその時、大変後悔したということです。」

老いたロバは先祖、両親兄弟たちです。重荷は罪障のことです。私たちは、気が遠くなるほど、遥か昔から謗法という罪障を犯し続け今に至っています。それが原因で、今世界中で色々な争いごとや、災害、事故、病気等が次々と発生して、とても嫌な世の中になってきています。このことは実はもう約3000年前に仏様が予言しておられ、その解決法、特効薬も、用意なさって日蓮聖人を派遣されました。そして仏様がその嫌な、苦しい時代のどうしようもない衆生を全員もれなく救いあげたいと願っておられます。なんと有り難いことでしょう。私たちは、仏様の大慈悲にすがり、御本仏のお使い上行菩薩日蓮聖人のおっしゃる通り「三大秘法の南無妙法蓮華経」を声を惜しまず唱え弘め、罪障消滅を果し成仏を常に目指さなければなりません。そうすれば自分も先祖も両親、兄弟、身の回りのすべてが成仏して本当に助かるというわけです。これが本当の追善供養なのです。

追記
『追善供養』の一般的な意味は、「広辞苑」や「仏教語大辞典」によりますと、故人の冥福の為に営む仏事(読経等)又は、色々な物を供えて、その功徳を故人に回向(さしむける)することであります。ところが、仏教本来の意味からいうと『追善』だけで『供養』は、まったく別の仏事であります。

『追善供養』という言葉は、『追善』と『供養』との合成語であります。仏教語大辞典では、『追善』とは功徳を積んで、亡き人の霊を弔うこと。死者の冥福を祈る仏事とあり、『供養』とは_奉仕すること。_尊敬心をもって仕え、世話すること_供えさしむけること。身、口、意によって物を供えめぐらすこと。もろもろの物を供えて回向すること。とあり___いずれも仏様に対して行うことであります。特に有名なのは、法華経の薬王品の焼身供養であります。『追善』と『供養』の二つの意味を合わせますと先に仏様に供養をして、その後功徳の余慶をもって成仏させていただき故人を救うということです。

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