ミニ法話

『施餓鬼』

記事:布教師 廣瀬 行宣

八月に入るとお盆を迎えます。
各家庭では先祖の精霊をお迎えするために、精霊棚を作り、先祖、有縁無縁の精霊にお供え物を供えて供養します。

また、墓地においては家族揃って草むしりや墓石をきれいに磨き、手を合わせる日本文化の美しい姿を垣間見ることができます。

各家庭において、お迎えした精霊を供養した後、菩提寺に於きましては、施餓鬼供養の法要が厳修され塔婆を立て僧侶の読経とお題目によって、志された精霊への総供養としてお盆の行事は終わります。

「施餓鬼」とは、餓鬼界に堕ちた精霊に供養することによって、志された精霊への追善をおこなうことですが、もう一つとても重要な事を知っておいて頂きますと、その追善は計り知れないものとなって先祖への供養となります。
それは、僧侶に読経して頂く事も大切な事ですが、僧侶に「お願いします。」ではなく、ご自身が供養されることが実はとても重要な事だということです。

どういう事かと申しますと「お題目」を信じてお唱えすると、自身の身に仏様が宿り仏の行いをして、子供や孫にこの大切な「お題目」を伝えて行こうとするのです。
これを日蓮聖人は「三大秘法のお題目」とおっしゃられるのです。

昨今、お寺で子供さんの姿を見かけることが少なくなったのは、ご自身が供養するという意識が薄らいできたのかもしれません。
そして、自身の「成仏」が大眼目である事を忘れてしまっているのでありましょう。

「成仏」とは仏が自身の身に入ることですから、自身の心の中に「餓鬼」の心(貪り・欲)が存在していることに気づかされ「お題目」を鏡にして自分自身の姿の醜さに気づかされることなのであります。
そして、自身の醜さに気づかされたならば、決して「餓鬼」の世界に堕ちることはありません。

これが「成仏」の姿であり先祖への最大の供養であります。

「施餓鬼」とは、先祖そしてご自身にとってとても大切な行事であります。
どうか皆さんこれから迎えるお盆をいつもとは違う心持でお迎え下さい。

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