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『お盆(2)』

記事:布教師 柳楽 諦謙

お盆と言えば、目連尊者のお話しを耳にされたことがあるかと思います。
このお話しは、お釈迦様の弟子であり、神通力第一と言われた目連尊者が、その神通力を使って亡くなった母親を探していた時のこと。すると母親は餓鬼界に落ち、飢えているではありませんか。その様子を見て目連尊者は、自分の持っている神通力をもって餓鬼界に落ち飢えた母親を救おうと、食べ物等を母親に与えようとしましたが、結果、与えた物が炎と変わり、すぐにその炎を消そうと水をかけると薪と変わり、さらに炎が燃え上がり、母親の身を焼いてしまい余計に悪くなって救うことができませんでした。

そこで、目連尊者は、お釈迦様にどうすれば母親を救うことができるのかと相談しました。

お釈迦様は、お前の母親は大変罪深いのでお前一人の力では救うことが出来ないと言われました。その罪とは、大変物惜しみをして自分の持っている物を他人に与えようとしなかった罪によって餓鬼界に落ちたのだと。母親を救うには、七月十五日に大勢の僧侶を集めて、たくさんの食べ物や飲み物を供養し、布施をし、母親の苦しみや七世代の父母や他の人達の為に苦を払い楽を与えるための回向の法要をしてあげなさい。大勢の僧が心から唱える回向の功徳は計り知れない力であるからと、言われたのでありました。

目連尊者は、お釈迦様の言われるとおりに大勢の僧侶に法要をして頂き、母親を餓鬼界から救うことができました。というお話です。

このことから、お盆の行事が行なわれるようになったと言われております。

日蓮聖人は、この目連尊者のお話しを、信者さんに宛てられた「盂蘭盆御書」というお手紙の中で、目連尊者の母親を神通力で救うことができなかった訳と、お釈迦様に相談し、母親を救うことが出来た訳を次のように言われております。
「目連尊者が母の苦を救うことができなかったのは、その時は小乗の教法を信じて、二百五十戒という戒律のみをたもっていたからである。」
つまり、法華経の教えを知らなかったからだと言っておられます。

目連尊者がお釈迦様に相談にいかれ、お釈迦様の教えのとおりに法要をしたというところに意味があるのです。この時に、お釈迦様が一番説きたかった教え「法華経」を素直に聞き入れ、お釈迦様の言われたとおり法要をおこなったがゆえに母親を救うことが出来たのであります。ここのところに法華経の力を説いておられます。

よって、法華経でもって先祖供養をすることの報恩感謝の大切さ、人に対して布施をすることの心の大切さ等をこのお話しから汲み取ることができるのです。

皆様方も、お盆の間少しでも、すべてのもの事に「南無妙法蓮華経」とお唱え下さい。そして、ご先祖様だけでなくいろいろな人たち物たちにも、法華経(お題目)を聞かせて心の修行にお励みくださいませ。

合掌

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