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『彼岸のおはなし』

記事:布教師 本田 英観

「暑さ寒さも彼岸まで」と、彼岸が近づいてくるとよく言います。
春は春分の日(中日)、秋には秋分の日(中日)、中日は昼の長さと夜の長さが同じになる日です。皆さんご存じのことと思います。

私はこの時期になりますと思い出す事があります。

私の高校時代の友人が数年前に亡くなりました。
彼は法華の信者ではありませんでした。
年に何回か集まっては家族ぐるみで飲み会もしました。
その時にその友人がよく私に「俺が死んだらお前に葬式してもらう」と言っていました。
私は気軽に「ええよ」と答えたものでした。

その後、その友人の妻から夫が亡くなりましたと連絡がありました。
友人が生前、私に葬式を頼むと約束していたのでその依頼でした。

四十代後半で亡くなった驚きとこんなに早く約束を果たさなければならない悲しみで本当に辛かったのを思い出します。

この時期になりますと、仲間が集まって友人の墓参りをし、友人を偲んで飲み会をします。
彼はお酒が大好きな人でしたので、この日ばかりはおおいに飲み、おおいに笑います。

彼岸会というのは、昼夜の長さの等しい春分・秋分の日を中心として、前後三日間行われる仏教行事のことです。

彼岸は「到彼岸」といいまして、「かの岸に到る」ことを願うのです。
彼岸に対して私たちの住んでいるこの世界を「此岸」といいます。
「この岸」ということです。「この岸」を仏教では「娑婆」と呼んでいます。
私たちは不安や怒り・悲しみ・悩み等様々な罪悪のある世界に生きております。

このような苦しみの世界から解放され、理想の世界を仏様に求めたところから、彼岸会という行事が始まりました。平安朝の頃、宮中で盛んになり、江戸時代になってから庶民の間で広く行われるようになり、今日まで続いています。

秋の彼岸は、大自然が全体的に落ち着く時であります。
陽気あふれた夏が終り、空気は澄み、静けさを取り戻す季節です。
到彼岸の願いにふさわしい時といえます。

春の彼岸が、芽吹き花開く「動」に向かうものとすれば、秋の彼岸は「静」に向かうものでしょう。すべての苦しみから離れて、澄んだ水のような静かな環境に住むことが、私たちの幸せです。

お彼岸には、春には「ぼたもち」秋には「おはぎ」を作ってお供えし、近所へ配ったりします。
日本人の、季節に敏感に対応する心がにじみ出ている習慣です。

 【曼珠沙華どこそこに咲き畦に咲き】

まんじゅしゃげ(彼岸花)がお墓の周りや、田や畦などに、真っ赤な花が咲き競います。

彼岸会、六度(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・知恵)の修行を実行し、先祖供養し、墓へ参り、寺院に参詣をし、此岸(この世界)で題目修行していきましょう。

合掌

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