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『「伊豆御法難」のとらえ方』

記事:布教師 木田 慧明

今から757年前(1253)建長5年4月28日、上行菩薩・日蓮大聖人は、久遠実成の御本仏(寿量品の仏)から全てを託され(神力・別付嘱)「三大秘法の南無妙法蓮華経」を「末法の法華経」として『不軽品』の不軽菩薩のごとく唱え弘められました。(立教開宗)

そして「三大秘法の南無妙法蓮華経」の法門弘通の決意を後の『開目抄』で以下のようにお述べになっています。「日本国にこれをしれる者。ただ日蓮一人なり、これを一言も申し出すならば父母・師匠に国主の王難必ず来るべし。いわずば慈悲なきににたりと思惟するに、法華経、涅槃経等にこの二辺を合せ見るに、いわずわ今生は事なくとも、後生は必ず無間地獄に堕べし。いうならば三障四魔必ず競い起るべしと知ぬ。二辺の中にはいうべし。・・・」と、

この「三大秘法の南無妙法蓮華経」の法門とは『立正安国論』の正法のことです。五百億塵点劫のはるか昔に成仏した(久遠実成)三身常住の本仏が、末法の本心を失ったどうしようもない衆生を救う為に、色々な薬剤をツキ・フルイ・和合して色・香・美味なる大良薬を作られました。そして御本仏の一番弟子上行菩薩にその大良薬・特効薬を持たせて、末法の衆生に飲ませ、すべてを救うという法門です。『神力品』の四句の要法がもとになっています。(三大秘法抄)

それから七年後の文応元年7月16日(聖寿39歳)日蓮大聖人は『立正安国論』を著され、さまざまな災難や苦しみの原因は、謗法にあると、『法華経・金光明経・大集経・仁王経・薬師経・涅槃経』の経文をあげて特定し、「災難や苦しみのない安穏な世の中・家庭・心を保つには、謗法を根絶しなければならない。」(謗人・謗家・謗国の三約離謗「秋元御書」)と述べられました。そして悪口・罵詈・刀杖投石の難はもちろん、死罪・流罪覚悟で当時の権力者(国王)を諌曉(諌め正す)されました。

その結果、松葉ヶ谷の御草庵が数千人の暴徒に焼き打ちにされ、伊豆に流され、小松原で数百人の兵士に襲われ、手は折られ額を切られ、龍の口で首を切られそうになり、ついに二度目の流罪で佐渡へ流されました。

つまり、日蓮大聖人御自身は「伊豆法難」のことは、もう初めから予想されていたということです。そしてさらに『開目抄』で「すでに二十余年が間この法門を申すに、日々月々に難かさなる。小々の難はかずしらず。大事の難四度なり。二度はしばらくをく。王難すでに二度にをよぶ。」とあり「伊豆流罪」は国王の命で実行された王難であるとおっしゃっています。

そしてこの王難を伊豆と佐渡と二度受けることは『勧持品』の「数々擯出せられん」と符合しているとおっしゃって、末法の法華経の行者の証として、とらえられました。

ですから「伊豆御法難」のとらえ方として「あまりにひどい他宗批判をして、国主の悪口を言ったから伊豆に流されました。でも奇跡的に助かりました。」というような、とらえ方では不信謗法、無間地獄まちがいなしです。

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