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「生きづらい、居場所がないあなたへ」

記事:布教師 木村良勢

 

 最近、若い世代の方たちに若者の○○離れ、元気がない、たよりがいがない、内向き志向等々、散々な評価が続いています。私は大学の研究員でもあるので、若い方とも接する機会が多いのですが、世間の批評は正しくないなと感じます。経済が成長し続け根拠のない自信過多のバブル世代、世代人口の多さが正義だといわんばかりの団塊世代などに比べれば「しっかりしている」印象です。

 たしかに少しコミュニケーションが苦手、ネガティブな所は多々ありますが、平等の精神はどの年代よりも優れていると思いますし、シェアハウスに見られるようにたとえ住居であっても分け合える優しさを持ち合わせていると思います。2つほど世代の離れた私からすると彼らが社会に出てくるとことは非常に頼もしいと思っています。

 しかし、社会は様々な価値観、普通が一番という呪縛が待ち受けているため、なかなか馴染むのが難しく「生きづらい、居場所がない」と感じる人が多いのだそうです。これを我他彼此(ガタピシ)といいます。ガはわれの「我」、タは他人の「他」、ヒは彼岸の「彼」、シは此岸の「此」を意味します。

 自分と他人、あれとこれを意味し、すべての物事を比較し対立させること。対立していると必ず摩擦や衝突が起こることを言います。人はどうしても自分のいうことだけが善であり、相手はみんな間違っていると考える《自善他非》や右か左か・白か黒か、物事を決め付けてしまいがちですが、絶対的な右や白などありえません。

 逆に仏教の根本である「中道」は、簡単に言うと両極端にとらわれないこと、絶対と決め付けないことです。この《我他彼私》を無くすのが仏教の教えなのです。

 具体的に言うと、我を無くすこと。思い上がって自分の内にもつ執着や、かたくななところを無くし、自分や他人、こっちやあっちという垣根を取り去ることから始めます。そして修行し、人の痛みや苦しみを自分のことのように感じることができるになれば、「此れあるが故に彼あり」という思考に辿り着くことができるのです。

 「生きづらい、居場所がないそう感じるならば、ほとけさまのみ教えに従い、ガタピシいわせて生きるより執着から離れて柔軟に生きようとする事が大切なのです。」

南無妙法蓮華経

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