皆様は、「一日一生」という言葉をお聞きしたことがありますか?
この言葉は、キリスト教の思想家内村鑑三(1861~1930)氏や天台宗の著名な僧侶である酒井雄哉(1926~2013)師の著書によって広く知られるようになりました。
朝に目覚めて、夜眠りに就くまでの一日の時間を人の一生に置き換えてみるとき、一日一日をこの日限りの命であると捉え、悔いが残らないように精一杯生きよ、というお言葉です。
朝は眠たいですし、勉強はつまらないものですし、仕事も辛いものです。勉強や仕事の悩み、人間関係、経済問題、病気など、たくさんの悩みや不安に苛まれてしまいます。
皆様、本当に自分の生きたい人生・思い通りの人生を過ごせていますか?
自問自答をしてみて、素直に答えることがなかなかできません。
ところで、日蓮大聖人は次のお言葉を示されています。
「まず臨終の事を習(なろ)うて、後に他事を習(なろ)うべし」(『妙法尼御前御返事』)
このお言葉は、弘安元年(1278)大聖人が夫に先立たれた篤信者のひとり妙法尼に宛てられたお手紙の一節です。そこには大聖人の“死”に対するお考えが伺えます。それは、人の命は無常であって、葉っぱなどに着く露が風に揺らぎ今にも散ってしまいそうなほど、誰しもがいつ死を迎えるか定まっていない、というものです。こうした死生観を大聖人は幼少の頃からお考えになり、法華経の行者としての信仰を貫かれています。
人の命の無常さは、現代の私たちもよくよく考えなければなりません。では、私たちはどの様な人生の最後を迎えたいでしょうか?
人が死を迎える前に後悔する事のひとつに、「もっと自分のやりたいことをやればよかった」という意見をよく耳にすることがあります。
自分の人生最後を想像することは難しいことです。ですから、なりたい自分、理想の環境なら想像が出来るのではないでしょうか。今自分が何をするべきかという、考え方、そして行動ができると思います。
皆さまのより良き人生の歩みをお祈り申し上げます。
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