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連載《法華経は佛教の生命「仏種」である。》
―IT時代の宗教―第2章 第2話

掲載日 : 2010/3/16

妙法蓮華経序品第一 〈下〉

法華経は大乗仏教文学の特色を発揮せる経王

 序品(じょほん)は、法華経二十八品の序説ですから「序品」と呼びます。「品(ほん)」とは「章」というような意味ですが、「章」よりは高い香りがあり、有難い響きをもっていますので、羅什三蔵(らじゅうさんぞう)は「品」と訳したのです。「章」では、松茸から香りを抜いたようなものであります。法華経は、方便の諸経と比べると教理が深遠高尚で、哲学的にも宗教的にも、多面に亘(わた)る高度な内容を有しております。しかも、雄大な構想のもとに極めて組織的に述べられており、文学的にも優れた譬喩(ひゆ)や因縁の物語によって、全仏教経典の経王として君臨し、大乗仏教文学の特色を遺憾なく発揮した、大変尊く有難い経典であります。日蓮聖人は『題目弥陀名号勝劣事』〔(定)三〇〇(縮)四九二(類)一五〇九〕に、
「妙法蓮華経と申す事は、仏の御年七十二。成道より已来四十二年と申せしに、霊山にましまして無量義処三昧(むりょうぎしょさんまい)に入給し時、文殊弥勒の問答に過去の日月燈明仏の例(ためし)を引て、我見燈明仏乃至欲説法華経と先例を引たりし時こそ、南閻浮提の衆生は法華経の御名をば聞き初めたりしか。……妙法蓮華経は能開也。南無阿弥陀仏は所開也。」
と申されています。十九出家・三十成道(じょうどう)の釈尊は、四十二年の長い間方便のお経を説かれ、最後の八年間に、出世の本懐として法華経をお説きになりました。その直前に無量義処三昧にお入りになり、「此土の六瑞」・「他土の六瑞」を現じられ、この六瑞についての文殊師利(もんじゅしり)菩薩と弥勒(みろく)菩薩の問答を経て、いよいよ大乗仏教の真髄たる、法華経ご説法の舞台の幕が開かれたのであります。

『妙法蓮華経』を詠じ給える御製
七十七代 後白河天皇
法華経の たきぎのうへにふる雪は 摩訶曼陀羅の 花とこそみれ
八十二代 後鳥羽天皇
いたづらに 漏るゝくさ木も無かりけり 一味の雨の 所わかねば
百二代 後花園天皇
みな人の 心の闇を照らせとや 法の言葉の 玉に見ゆらむ
百四代 後柏原天皇
まづ散るや 法のむしろの花のひも 空にもよほす よものはる風
へだてなく ほとけの道のともし火の もとの光を また照すらん
鹿の苑 わしの深山のそのこゑも 聞くといひけん 我にのこして
頼もしな をしへのまゝに我聞くと いへば又きく 法にあふ身は
頼もしな 説き置く御法我聞くと いへば又きく 世にもあひつつ
百八代 後水尾天皇
いちじるし 妙なる法に逢坂の せきのあなたを てらすひかりは

<註>
(1)
歴代天皇の、法華経についての御製は沢山ありますが、中でも、掲出の後白河・後鳥羽・後花園・後柏原・後水尾の各天皇は、法華経のご信仰深い方でありました。殊に後柏原天皇は、本隆寺開山常不軽院日真上人の法華三大部と法華経の御前講義をご聴聞になって、ご開山の高い学徳をご嘉賞になり、「法華宗日像菩薩正統一門之開闢、常不軽院日真者、称大和尚也(ほっけしゅう にちぞうぼさつ しょうとういちもんのかいびゃく、じょうふきょういんにちしんは、だいかじょうとしょうすなり)」とのご震翰を賜りました。そして、御物「吉野若松」銘のある金蒔絵の立派な見台と、「慧光無量山本妙興隆寺」と刻した青銅印をご下賜になっています。 
(2)
後水尾天皇は、ご愛用の雅楽器(笙(しょう)・横笛・篳篥(しちりき))各一管を、本隆寺へご下賜(かし)になっています。

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