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連載《法華経は佛教の生命「仏種」である。》
―IT時代の宗教―第2章 第7話

掲載日 : 2010/9/2

妙法蓮華経譬喩品(ひゆほん)第三 (上)

舎利弗(しゃりほつ)に続こう

釈尊は「方便品」のご説法で、「人間だけでなく、この世に生存するものは全て妙法の存在であって、妙法の他に何もない。諸法実相の教理は仏教を貫く根本思想で、“いのち”のあるものが仏に成れるのは、妙法の経力によるものである。この道理を世の人々に説くためにこの世に現れたので、今まで説いてきた三乗方便の教えでは、焦種に芽が出ないごとく、高山の頂きに蓮華の生じないごとく、永久に成仏できない。」と申されたのです。多くの仏弟子達は、深い悲しみに沈みながらも、多年修行してきた方便の教えに執着する、心の迷雲を払うことは容易ではありませんでした。

しかし、何千人もの仏弟子の中でも、智恵第一と言われた上根の舎利弗尊者は、難解難入と言われる「諸法実相・十如是」という、哲学的で抽象的な教理を理解することができました。そして釈尊のみ教え通り、直ちに三乗方便の教えを捨て、一仏乗の法華経信仰に入り、華光(けこう)如来の記別(きべつ)(予言的証明)を与えられました。

三つの河 一つの海となるときは 舎利弗のみぞ まづ渡りける

この歌は、川の水が海に流れ塩水となるごとく、三乗方便の教えを捨て、一仏乗の法華経信仰に入って成仏した舎利弗尊者を詠んだもので、伝教大師の御作です。

三界火宅の喩え

法華経には、理解し易いように、具体的な多くの譬喩(ひゆ)が説かれています。すなわち、
1三界火宅の喩え(譬喩品)
2長者窮子(ぐうじ)の喩え(信解品)
3三草二木の喩え(薬草喩品)
4化城宝所の喩え(化城喩品)
5衣裏(えり)繋珠(けいじゅ)の喩え(五百弟子受記品)
6髻中(けいちゅう)明珠(みょうじゅ)の喩え(安楽行品)
7良医病子の喩え(寿量品)の七つです。

釈尊は、この七つの喩えによって、法華経の有難いことを説かれていますので、古来「法華七喩(ほっけしちゆ)」と呼んでいます。七喩の第一が、有名な「三界火宅の喩え」であります。

或るところに、一人の長者があり、沢山の子どもがいました。すでに高齢で、召使い等も大勢いて、五百人もの人が住んでいる大きな老朽住宅には、狭い門が一つあるだけで、周りは高壁をめぐらしてありました。或る日のこと、不意に一隅から火が出て大騒ぎになりましたが、長者の子ども達は家の中で遊び戯れていて、逃げようともしませんでした。

長者である父が、「火事だ!家が焼けるのだ、お前達も早く逃げねば危ない!」と言い聞かせても、子ども達は一向平気で、父の顔を見てはニコニコ笑いながら、あちらこちらと走り廻り、遊びに夢中になっていました。そこで、父の長者は方便の手段を考えて、「お前達、家の外にとても面白い車がある。羊の車・鹿の車・牛の車が揃ってある。早く外に出て、自分の好きな車に乗って遊んではどうだ?」と言いました。子ども達は大変気に入ったと見えて、押し合いへし合いして門を出、やっとのことで外の広場へ逃げ出ることになり、幸いに焼け死なず、安全なることを得たのであります。

ところが子ども達は、「約束の羊の車・鹿の車・牛の車はどこにあるの?お父さんは嘘をついたの?」と言います。長者である父は、「嘘も方便で、方便を使ったおかげで、お前達は焼け死なずに済んだのである。羊の車・鹿の車・牛の車よりもっと立派な、七宝で飾った大白牛車(だいびゃくごしゃ)を皆に与えるから、この宝車に乗って、彼方にある理想の楽園へ一緒に遊びに行こうではないか。」と答え、大白牛車を与えたという物語であります。

平安朝の有名な女流歌人、赤染衛門は、 
もゆる火の 家を出でてぞさとりぬる 三つの車は 一つなりけり
と、この品のこころを詠んでいます。

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