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連載《法華経は佛教の生命「仏種」である。》
―IT時代の宗教―第2章 第8話

掲載日 : 2010/10/27

妙法蓮華経譬喩品(ひゆほん)第三 (下)

この世の教主は釈尊

釈尊は「三界火宅の喩え」を説き終って、「さて、この父なる長者は、子を欺く不善の人と思うか。」と問いかけられました。それに対して舎利弗尊者が、「どうして嘘つきの父と申せましょう。親切な方便のおかげで、子ども達の命が助かったのであります。そればかりでなく、大白牛車という立派な車を与えられたのですから。」と答えました。

そこで釈尊は、「今、此の三界は皆これ我が有なり。其の中の衆生は悉くこれ吾が子なり。而も今此の処は諸の患難多し。唯我一人のみ能く救護を為す。」と仰せられました。仏教には釈迦如来の他、阿弥陀如来・薬師如来・多宝如来・大日如来等、多くの仏さまが説かれておりますが、私達の住んでいる地球世界(娑婆世界)の教主は、釈尊唯お一人であるというこのおことばは、主の徳・師の徳・親の徳という三つの徳を具えた、千金の重みを持つ有難い金言で、これを「主師親の三徳」と申します。

この三界火宅の叙述こそ、三乗方便の信仰を捨てて一仏乗真実の法華経信者になれば、仏のみ子である一切衆生は、誰でも成仏できることを証明したものであります。これを「開三顕一」の法門と申し、法華経の功徳力を説き顕す重要な教義で、「開(かい)顕(けん)」あるいは、「開会(かいえ)」とも言います。

法華経は仏の慈悲心

以上、「譬喩品」のあらましをご説明しましたが、この物語は、七つの重要な問題を示唆していると思います。

第一に、朽ち果てた家というのは、道も教えも知らない人間の心の中と、世の中の浅ましい姿であります。煩悩五欲のために、人を押しのけ蹴落して、自分さえ良ければという人間の心の中と世の中の醜さを、実に巧みに表現しています。

第二に、そのような世の中に火事が起こって、全てのものを焼き尽すがごとく、人生には必ず死が襲ってくるということです。死は、全ての人々が一生に一度、必ず通らねばならない関所であります。死の前には、どんな財産も、いかなる名誉や地位も、何ら意味を為しません。因みに、“死”という字は“一タビ”と書きます。

第三に、この悩み苦しみから逃れる道は唯一つしかなく、しかも狭い門であるということは、成仏の道は唯一法華経の教えだけであると、警告しているのであります。

第四に、子ども達は遊びに夢中で、父のことばも耳に入らず、火(焦熱地獄)の恐ろしさも知らないということは、すなわち無信心な人々を意味しています。

第五に、父である長者が、唯一つしかない狭い門から、どのような方法で子ども達を救い出そうかと考えた結果、方便の三車を以って救い出すことができました。しかも、羊・鹿・牛の三車でなく、一番立派な大白牛車を与えたということは、宗教の真髄は形式ではなく、形式を生み出した精神にあることを示しています。

第六に、“乗”とは「のりもの」のことで、羊の車は声聞乗・鹿の車は縁覚乗・牛の車は菩薩乗に喩えられます。この三乗は共に方便の権教であり、大白牛車こそ一仏乗真実の法華経を表しています。

第七に、七宝で飾った大白牛車に乗って、皆で楽しく遊んだということは、全人類を救済せんとする法華経の根本思想である、「和」と「慈悲」の心を体得した人の、自由自在の境地を言ったものであります。

仏国土を目指して

日蓮聖人は、『持妙法華問答鈔』〔(定)二八五 (縮)四七六 (類)二七四〕に、
「三界無安・猶如火宅は如来の教へ、所以諸法・如幻如化は菩薩の詞(ことば)也。寂光の都ならずば、何(いづ)くも皆苦なるべし。本覚の栖(すみか)を離れて何事か楽みなるべき。願くは現世安穏・後生善処の妙法を持つのみこそ、只今生の名聞後世の弄引(ろういん)(楽しみのたね)なるべけれ。須く(すべからく)心を一にして、南無妙法蓮華経と我も唱へ、他をも勧んのみこそ、今生人界の思出なるべき。」 
と、この地球世界に平和、平成の仏国土実現のため、現世安穏と後生善処を説いた妙法の受持をお勧めになっています。

宇宙時代は“心の時代”であります。私達は、法華経の「三界火宅の喩え」のごとく、紛争や暴力、核戦争の危険に晒されています。しかし、あらゆる民族・国家が、一つの正しい真理(宇宙法・妙法)によって仲良く生きるならば、たとえ紛争が起きても、話し合いで解決できるはずです。要は心の持ち方によって、地獄とも極楽ともなるのであります。世界は一家、人類皆兄弟姉妹という思想が、法華経の根本精神であり、日蓮聖人のみ教えであります。

古歌
火の車 つくる大工は無けれども おのが作りて おのが乗り行く  譬喩品の御製

七十六代 近衛天皇
わがこころ 三つの車にかけつるは おもひの家を うしとなりけり

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