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連載《法華経は佛教の生命「仏種」である。》
―IT時代の宗教―第2章 第9話

掲載日 : 2010/10/27

妙法蓮華経信解品第四

法華経は“この世の宝”

釈尊は、三乗方便の信仰を捨てて一仏乗真実の法華経を信ずれば、誰でも成仏できる、と太鼓判を押されました。そして、智恵第一「上根」の舎利弗尊者が、直ちに方便の教えを捨てて法華経の信者になり、華光如来の記別を与えられたのを見て、四大声聞の恵命須菩提(えみょうしゅぼだい)・摩訶迦旋延(まかかせんねん)・摩訶迦葉(まかかしょう)・摩訶目ケン連(まかもくけんれん)の「中根」のお弟子達も、仏さまに向かって合掌し、法華経信仰の道に入る決意を述べました。「私達も、永らく方便の教えによって修行して来ましたが、方便の教えでは成仏できないことが解りましたので、これからは舎利弗尊者のように、法華経信仰の道に入らせて頂き、成仏したいと思います。そこで、有難い法華経の信者になれた喜びと幸せの心を、物語として述べたいと思います。」

こうして、四人の「中根」のお弟子達が自分達の領解(りょうげ)したところを、長者と窮子(ぐうじ)の物語として述べたのが「長者窮子の喩え」でありまして、「法華七喩の中でも、殊に有名であります。窮子とは、生活に窮した子という意味です。

 

長者窮子の喩え

或るところに、世界一の長者がおりました。その長者には一人の子がありましたが、まだ幼い或る日のこと、父から離れて遊びに出たまま行方不明になりました。父の長者は、その子を探し求めていましたが遂に見当らず、ある町に豪宅を構えて住むことになりました。何といっても大長者でありますから、立ち並ぶ倉庫には、金銀・瑠璃・珊瑚・琥珀・頗梨珠等の宝石や財宝が一杯で、象車・馬車の外、牛や羊、殊に馬は何千頭も馬房や馬繋場に繋がれていました。勿論使用人も沢山おりました。

一方、行方不明となっていた子は、浮浪者同様の姿となって諸国を流浪し、やっと命をつないでいるという有様でした。このような哀れな生活を続けて、早五十年の歳月が流れました。

それが或る日のこと、巡り巡って父の住んでいる町へやって来ました。毎日寝ても醒めても念頭から離れなかった我が子が、ふと自分の家の門前に立ったのです。そして、豪壮な邸宅と、主人の威厳のあること、使用人が多勢いることを遥かに見て、『自分のごとき賎しい者を雇ってくれるようなところではない。うっかり入っては大変だ。』と、門前から駈け去ろうとします。それを奥座敷から見ていた長者は、今門前に立った窮子が、実は自分の子であることを知り、側近のものに連れて来るように命じました。窮子は、なぜ捕えられるのか理由が解らず、ひどい目に遭わされるものと早合点し、「私は何の罪もないものです。どうぞお許し下さい。」と言って、泣き叫んで卒倒してしまいました。これを見た長者は、「無理に連れて来なくてもよい。」と言って放ちましたので、窮子はまた、村から里へと衣食を求めて流浪しておりました。

そこで長者は、二人の痩せ衰えた貧相な男を使いにやり、「良い仕事がある。賃金も良いし、自分と一緒に働いてはどうだ。」と、ことば巧みに話しかけさせます。窮子は「どんな仕事をするのか。」と尋ね、「馬糞を除いたり、雑役をするのだ。」と言われたので、それなら自分に相応しい仕事だと考えて、その日から使用人になりました。

或る日のこと、長者が窓越しに子の様子を見ていると、痩せ衰えて垢にまみれ、見るかげもない不憫な姿となっています。そこで長者自身も垢まみれの粗衣を着け、窮子に近づき「わしは、もう年寄りだ。汝のような若者を見ると我が子のような思いがする。」と言いました。窮子は、長者の子であるなどとは夢にも思わず、真面目に働きましたので、次第に抜擢されて番頭になり、うちとけて話ができるようになりましたが、どこまでも長者とは他人であると思い込んでいました。

そのうち長者は病気になり、代理として窮子に財産の管理を命じました。老衰の長者は死期を予知して、国王・大臣・武士等を集めて、親族会議を開き、今ここにいる子が実は自分の実子であることを打ち明け、「自分の全財産をこの子に譲るから、諸君も左様ご承知願いたい。」と申し渡しました。

そこで初めて、親子としての対面となり、莫大な財産が求めざるに自然に譲与され、「無上宝珠・不求自得」の大功徳と、広大な仏恩に感謝したという物語です。宗教としてや道徳としてのみならず、仏教文学としても非常に含蓄に富む、有難い経典であります。

赤染衛門は、
親とだに 知らでまどふがかなしさに この宝をも 譲りつるかな
と、この品のこころを詠んでいます。また、法成寺入道前摂政太政大臣も、
年経れど 親とも知らぬ子にあひて 今はたからを 任せつるかな
と、「信解品」のこころを詠じています。

『涅槃経』に、「信有りて解無げれば、無明(迷い)を増長し、解有りて信無ければ、邪見を増長す。」と戒められています。「信」と「解」とは、恰も車の両輪・鳥の両翼のごとき関係であります。法華経を信ずる人は、教えを正しく理解して行動しないと、お題目を唱えながら邪見を増長し、自ら火の車を作って乗り行く結果となりますから、常に善い心で正しい道を歩まねばなりません。これが仏のみ教えであり、お題目を唱える人の心構えであります。

 

功徳の財宝を頂こう

以上、「信解品」のあらましをご説明しましたが、この物語にも、七つの重要な問題が提起されていると思います。

第一に、長者というのは本仏釈尊であり、窮子とは私達衆生のことで、受け難き人界に生を受け、仏法に遭いながら法華経を信ぜず、悪道を流転する凡夫の浅ましい心の状態を意味します。

第二に、窮子が諸国を流浪の果て、父である長者の家の門前に立ったごとく、衆生は本来仏性を具えているのですから、本心に立ちかえり方便の教えを捨てて、み仏の慈悲の心を説く法華経に近づくことが大切であります。

第三に、窮子が門前から立ち去ったということは、み仏の慈心と凡夫の心とでは断層が大きく、そのままでは心から法華経を信ずるに至らないことを示しています。

第四に、長者が方便を用いて二人の貧相な者を遣わし、窮子に語らしめたということは、教理の浅い小乗教から、大乗仏教の法華経へ誘導することを意味しています。

第五に、窮子が馬糞を除いたり、掃除や雑役に従事したということは、煩悩という心の迷いを除くことを示しております。

第六に、番頭として長者の財産管理をしても、まだ他人の財産であると思い込んでいたということは、法華経の尊く有難いことは理解しても信者にはなりきれず、方便の教えに執着する心の迷いが残っている状態を示しています。

第七に、長者が老衰し、死期を予知して親族会議を開いた席で、初めて親子の名乗りをして全財産を譲り与えたということは、法華経の功徳譲与を説いたものであります。

このように、「信解品」では「長者窮子の喩え」によって、法華経は世の中で一番尊い宝であり、勝れた経力と功徳のあることを説き明かして、末法の一切衆生に法華経信仰を勧められているのであります。

日蓮聖人は『法蓮鈔』〔(定)九四二 (縮)一一五六 (類)八三三〕に、 「信なくして此経を行ぜんは、手なくして宝山に入り、足なくして千里の道を企つるが如し。」 と、ご指南されています。『観心本尊鈔』〔(定)七七一 (縮)九三八 (類)九四〕にも、 「釈尊の因行果徳の二法は、妙法蓮華経の五字に具足す。我等此の五字を受持すれば、自然に彼の因果の功徳を譲り与え玉ふ。四大声聞の領解に云く。無上宝珠・不求自得と云云。我等が己心の声聞界也。我が如く等しくして異ること無し。我が昔の所願の如き、今者巳に満足しぬ。一切衆生を化して皆仏道に入らしむ。」 とご指南されています。

私達は、お経の深い意味は解らなくても、正しい信心を根本として唱題行に励むことにより、誰でも法華経の功徳の財宝を頂けると申されていますから、くれぐれも身・ロ・意に、お題目のご修行をお勧め申し上げて止みません。

 

信解品の御製

八十四代 順徳天皇
憂きたびに 背きても亦いかゞせむ この世一つの 思ならねば

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