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連載《法華経は佛教の生命「仏種」である。》
―IT時代の宗教―第2章 第14話

掲載日 : 2011/3/25

妙法蓮華経五百弟子受記品第八

阿羅漢果と仏果

 釈尊は、下根に対する因縁説周の「化城喩品」で、法華経以前に説いた三乗方便の教えは、蜃気楼のごとく、幻の化城同様で、一仏乗真実の法華経こそ、全人類が永久に幸せになり成仏できる、〝この世の宝〟であると説かれたのです。この「化城宝所の喩え」によって、下根の人々も、法華経でなければ成仏できないという理由(わけ)が領解でき、法華経の信仰に入りました。
そこで、釈尊は直ちに富楼那(ふるな)尊者以下五百人の阿羅漢に、成仏の「記」を授けられました。当品は、その経緯を説いていることから、「五百弟子受記品」と申します。〝受〟とは弟子の立場を本位とする言い方で、仏の立場から申しますと〝授〟でありますから、当品は弟子の立場から品題がつけられている訳です。
ところで、「阿羅漢」と申しますのは、尊敬を受けるに値する人、という意でありまして、仏弟子声聞の四果のうち、最上位の果を「阿羅漢果」と申します。この阿羅漢果の位に進んだ人は、煩悩の迷いを断じて、声聞の到達し得る最高の境地に達しているのですが、「仏果」とは違います。当品で成仏の「記」を受けるのは、五百人の阿羅漢のみではありません。他の多くのお弟子たちも、続いて「記」を受けるのですが、初めに「記」を受けるのが五百人の阿羅漢であり、そして「法華七喩」の第五番目、「衣裏繋珠(えりけいじゅ)の喩え」によって、法華経がこの世で一番尊い宝であることを述べるのも、五百人の阿羅漢達ですから、羅什三蔵は「五百弟子受記品」と名付けられたのであります。

 

五百弟子の授記と衣裏繋珠の喩え

 当品に於て、最初に「仏記」を受けるのが、五百羅漢の中の富楼那(ふるな)尊者であります。この人は、釈尊十大弟子の中で、説法第一と称せられた大雄弁家でありました。巧みな弁説の代名詞として、〝富楼那の弁〟ということばがありますのは、ご存知かと思います。
さて、この富楼那尊者は信仰心が深く、仏法を護持し、釈尊のご化導を助けること頗(すこぶ)る大なるものがありましたが、未だ「仏記」は授けられず、内心暗い思いをしておりました。しかし、前品に於ける「化城宝所の喩え」を聴聞するに至り、法華経の信仰に入れば必ず成仏できるという希望が持て、心が明るくなったので、法明如来の「記」を授けられました。
また、鈍根第一と言われた須梨槃特(しゅりはんどく)や、富楼那尊者と同じく暗い思いをして来た、阿若キョウ陳如(あにゃくきょうぢんにょ)・優楼頻螺迦葉(うるびんらかしょう)・伽耶迦葉(がやかしょう)・那提迦葉(なだいかしょう)・伽留陀夷(かるだい)・優陀夷(うだい)・阿ヌ楼陀(あぬるだ)等、他の阿羅漢達も、法華経の功徳力で成仏できる確信が得られ、明るい心になりましたので、釈尊はこれらのお弟子達に対して、等しく普明如来の「記」を授けられたのであります。
そこで五百人の阿羅漢達は、余りの嬉しさにみ仏を合掌礼拝して申しました。

 「世尊、私達は今日まで四十余年の長い間、方便の教えに執着し、これを信仰して参りました。しかし、世尊のご指南通り正直に三乗方便の信仰を捨てて、一仏乗真実の法華経の信心に入らせて頂いたおかげで、只今成仏の記を授けて頂くことができました。この喜びの心を、ここに喩えて申し上げます。或る人があって、或る日のこと富豪の親友の家を訪ねて、山海の珍味をご馳走になり、酒に酔って寝てしまいました。時に、公務員である親友は、公用のため急遽外国へ行かねばならなくなり、酔いつぶれて寝ている友人の将来を案じ、その着ている衣の裏に、高価な宝珠を縫い込んで旅立ちました。白河夜船の友人は、酔いが醒めてみると親友が居ないので、あちらこちらへと流浪しながら、その日暮らしの浅ましい生活を続けていました。ところが、或る日偶然にも、以前ご馳走になった親友に出遇ったのです。親友は、浮浪者姿の哀れな友人を見て、――君は何故そのように衣食のために苦しみ、情けない姿をしているのか。僕は君に幸せな生活をさせてやりたいと思って、酔いつぶれて寝ている君の衣の裏に、高価な宝珠を縫い込んでおいたが、その宝珠は今日そのままあるではないか。それを売れば大金持ちになれるのに、それを知らないで生活に困窮しているとは、何という愚かなことだろう。――と言いました。よく考えて見ますと、私達は大通智勝仏の十六王子によって、既に法華経の一念三千の仏種を頂いておりながら、三乗方便の権経に執着し信仰していたのです。これは、恰(あたか)も無明(むみょう)の酒に酔いつぶれていた、哀れな友人と同様でありました。」

 こうして、法華経に入信できた喜びと、法華経の大功徳、広大な仏恩に感激したというのが、有名な「衣裏繋珠の喩え」であります。恵心僧都は法華経を拝読して、

玉懸けし ころものうらを返してぞ おろかなりける 心をば知る

 と、「衣裏繋珠の喩え」を歌にしています。また赤染衛門も、

酔のうちに 著けし衣の玉ぞとも むかしの友に 逢ひてこそ聞け

 と、当品のこころを詠んでいます。

 

法華経信仰の光を掲げよう

 仏教では、「仏凡一体」とか、「迷悟不二」とか、「煩悩即菩提」とかいうことばが使われています。しかしこれは、悟りを開いた仏の智恵によってとらえられた世界であって、私達凡夫の立場からは、あくまで「悟り」と「迷い」、「仏」と「凡夫」は別のものであり、「仏智」は「凡夫」の思議し難いものであります。
私達凡夫の心は、迷いの雲に掩(おお)われ、無明の酒に酔いつぶれている愚人同様で、貪(とん)(むさぼり)・瞋(じん)(いかり)・痴(ち)(おろか)の三毒におかされた、顛倒の衆生であると教えられています。「無明」とは、無智で人間の迷いの根本であり、光明の無い暗い心です。暗がりでは、凡夫の眼には物の姿・形が判別できないように、成仏できない方便の教えと、「仏記」を授けられる法華経との相違が判らず、正しい教えを正しく理解することができません。また、そのことを知ろうともせず、従って正法と邪法の見分けができません。これを、「元品(がんぼん)の無明(むみょう)」と言います。日蓮聖人が『波木井殿御書』〔(定)一九三二 (縮)二一一四 (類)三九〇〕に、

「日蓮は日本第一の法華経の行者也。日蓮が弟子檀那等の中に日蓮より後に來り給ひ候はば、梵天・帝釈・四大天王・閻魔法皇の御前にても、日本第一の法華経の行者、日蓮房が弟子檀那なりと名乗って通り給ふべし。此法華経は三途の河にては船となり、死出の山にては大白牛車となり、冥途にては燈(ともしび)となり、霊山へ参る橋也。……但し、各各の信心に依るべく候。……心に二つましまして信心だに弱く候はば、峯の石の谷へころ(転)び、空の雨の大地へ落つると思食せ。大阿鼻地獄疑ひあるべからず。其の時日蓮を恨みさせ給ふな。返す返すも各の信心に依るべく候。」

と、ご指南されているごとく、無上宝珠の法華経は、生死の長夜を照らす大灯明であり、元品の無明を切る大利剣であります。
どんなに暗い家庭でも、〝信仰の光〟を掲げることによって、明るく幸せな家庭となり、最後臨終の夕べには、妙法経力・即身成仏という〝永久の家宝〟である「仏記」が授けられるのです。心は質直柔軟に、できるだけお寺の行事にはお参りして、身・口・意に唱題の功徳を積まれますよう、お勧めする次第であります。
六十四代圓融天皇の皇后・東三条院は、「五百弟子受記品」のこころを、

いにしへの 玉のかざしを打かへし 今は衣の うらをたのまむ

とお詠みになっています。
日蓮聖人は『法華題目鈔』〔(定)三九二 (縮)五八四 (類)二八三〕に、

「夫れ、仏道に入る根本は信をもて本とす。五十二位の中には十信を本とす。十信の位には信心初め也。たとひ、さとりなけれども信心あらん者は鈍根も正見の者也。たとひ、さとりあれども信心なき者は誹謗闡提(ひぼうせんだい)の者也。……鈍根第一の須利槃特(しゅりはんどく)は智慧もなく悟りもなし。只一念の信ありて普明如来と成給ふ。……仏説て云く。疑を生じて信ぜざらん者は、即ち当に悪道に堕(だ)すべしと説き給し也。」

と、有解無信(うげむしん)の堕地獄、無解有信(むげうしん)の成仏をお説きになっています。

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