法華宗について
法華宗真門流ホーム > 法華宗について > 法華経とは > 法華経は佛教の生命「仏種」である。第2章 第15話

連載《法華経は佛教の生命「仏種」である。》
―IT時代の宗教―第2章 第15話

掲載日 : 2011/5/7

妙法蓮華経授学無学人記品第九

法華経に入信して仏記を授けられる

 前品「五百弟子受記品」では、全人類が成仏するという永久の幸せを得るためには、この世で一番の宝である「仏種」を説いた、法華経の信仰以外には無いことを「衣裏繋珠(えりけいじゅ)の喩え」によって説明されました。 
当品では、続いて法華経の信仰に入った、下根の学・無学の二千人の声聞に対して、「仏記」をお授けになりますので、「授学無学人記品」と申します。ここで、学・無学と申しますのは、今日一般にいう学者・無学者とは正反対の意味でありまして、「学」とは、仏弟子としてこれから学ぶべき多くのものがある人のことで、「有学の聖者(うがくのしょうじゃ)」と呼ばれています。「無学」とは、全てのことを学び尽して、もうこれ以上学ぶべきことが無い人のことで、「無学の聖者(むがくのしょうじゃ)」と呼ばれ、「阿羅漢」とも称されています。これら学・無学合せて二千人の人達も、やっと法華経の信仰に入り成仏の記を授けられるのであります。
次いで、阿難尊者と羅ゴ羅尊者の二人にも「仏記」をお授けになります。阿難尊者は、釈尊の御父浄飯王(じょうぼんのう)の弟斛飯王(こくぼんのう)の子で、悪人提婆は兄であります。ですからこの兄弟は、釈尊とは従兄弟同士という関係になります。兄の提婆は、いつも釈尊に敵対した人ですが、心を改めて法華経の信者になり、「提婆達多品」で「仏記」を授けられます。
ところで阿難尊者は、釈尊の十大弟子の中で多聞第一と言われた人ですが、「多聞」とは、今で言えば学問のことで、学問第一と言ってよいでしょう。また、羅ゴ羅尊者は釈尊の実子で、十大弟子の中では密行第一と言われた人です。「密行」とは、厳密に戒行を持った清浄な人という意味です。
さて、前品「五百弟子受記品」では、多くの人々が法華経の信者になりきって、「仏記」を授けられ歓喜しました。これを見た阿難尊者と羅ゴ羅尊者の二人も、方便の教えによる学問修行をいくら続けていても、肝心の妙法の信仰心が抜けていたのでは、いつまでたっても成仏できないことを悟り、法華経に入信して釈尊を礼拝し、「仏記」をお願いしました。
そして学・無学合せて二千人の阿羅漢達も、皆法華経の信仰に入り、み仏を合掌礼拝しました。そこで釈尊は、まず阿難には山海恵自在通王如来(せんがいえじざいつうおうにょらい)、羅ゴ羅には踏七宝華如来(とうしっぽうけにょらい)の「仏記」をお授けになり、学・無学の二千人にも皆、宝相如来(ほうそうにょらい)の「仏記」をお授けになったのであります。

 

仏種は法華経に限る

 大乗仏教の真髄、と釈尊が申された法華経は、序分・正宗分・流通分の三段によって組織されています。序分は序論、正宗分は本論、流通分は結論に当りますが、流通分は法華経の功徳利益を、後世に流布する意味を持っています。具体的に説明しますと、法華経二十八品の前半十四品を「迹門」と言い、後半の十四品を「本門」と呼んでいます。既にご説明致しました、第一の「序品」は序分に当り、第二の「方便品」から第九の当品「授学無学人記品」までの八品は、迹門の正宗分で本論に当ります。
迹門の中心となるのは「方便品」で、諸法実相・一念三千の「仏種」が説かれています。何度も申し上げておりますが、植物に限らず、どんなものでも「種」が無ければ生じないように、仏になるためには、「仏種」を心田に植えねばなりません。『涅槃経』に、「一切衆生に悉く仏性有り」と説かれていますように、「仏性」は全てのものに具わっているのです。しかし、「仏性」が具わっていても「仏種」を植えなければ、成仏することはできません。「仏性」と「仏種」とは、ことばはよく似ていますが、似て非なるものであります。具体的に喩えて説明しますと、「仏性」は田畑のごとく、「仏種」は仏に成る種子のごときです。この仏種子を、日蓮聖人は「一念三千の仏種」と説明され、本隆寺のご開祖日真大和尚は、「本果実証の題目」と申されています。この本果実証のお題目は、本因本果具足のお題目で、全人類が成仏できる有難いご法門です。詳しい説明は「如来寿量品」のところで致します。
今までお話ししたことを、もう一度かいつまんで説明しますと、法華経の尊く有難いことを抽象的に説明したのが法説周(ほっせっしゅう)の「方便品」で、上根の舎利弗尊者は、一念三千の仏種を理論的、哲学的に説かれただけで妙法の深意を理解し、直ちに方便の教えを捨てて法華経の信仰に入り、華光如来(けこうにょらい)の「仏記」を授けられました。中根の摩訶迦葉(まかかしょう)等の四大声聞の弟子達は、譬説周(ひせっしゅう)の「譬喩品」で「三界火宅の喩え」を聞き、ようやく法華経の尊く有難い理由が理解できて法華経の信仰に入り、「信解品」で「長者窮子の喩え」を以って広大な仏恩を讃えました。そこで釈尊は、「薬草喩品」の「三草二木の喩え」を以って、妙法の尊い理由を説明されました。以上は中根に対する譬説周のご説法であります。
この譬説周でもなお、妙法の尊い理由が理解できない下根のために、「化城喩品」の「化城宝所の喩え」を以って、法華経はこの世で一番尊い宝であること、成仏するためには「仏種」でなければならないこと、そして「仏種」は法華経に限ることについて説かれたのであります。ここに至り下根の人達も、やっと法華経でなければ永久に成仏できない理由を理解して、法華経信仰に入りました。そして「五百弟子受記品」に於て、富楼那(ふるな)尊者以下、千二百人と別してキョウ陳如(きょうぢんにょ)等の五百人に、普明如来(ふみょうにょらい)の「仏記」が授けられました。魯鈍を以って名のある、須梨槃特(しゅりはんどく)尊者もこの中の一人です。
釈尊は、当「人記品」に於て更に、下根の学・無学の二千人に対して「仏記」を授けられました。阿難尊者以下の人々は、「我が願い既に満ち、衆の望みもまた足りた。」と喜びの心を述べていますが、あくまでも、法華経に対する信仰が根本となっている点に注意せねばなりません。これで迹門正宗分の三周説法は終ります。歌人赤染衛門は、

  もろともに さとりを開く是れこそは 昔ちぎりし しるしなりけり

と当品のこころを詠んでいます。また、同じく平安朝の歌人で、『金葉和歌集』十巻の撰者として有名な源俊頼は、

  諸共に 咲きはじめける花なれど いかなる木の実 なり後れけん

と「人記品」のこころを歌にしています。

 

法華経の身読と実践を

 日蓮聖人が龍口のご法難に遭われた折、弟子日朗上人も捕らえられて鎌倉の土牢に入れられ、日蓮聖人も配流の地、佐渡へ旅立つ日がやってきました。日蓮聖人は、土牢の中で冬を迎える日朗上人の身を案じられて、手紙を送られました。その書簡が、有名な『土牢御書』〔(定)五〇九 (縮)六九五 (類)七四七〕であります。そのお手紙は、

 「日蓮は明日、佐渡の国へまかるなり。今夜のさむきにつけても、牢のありさま思ひやられて、いたわしくこそ候へ。」

というおことばで始まっています。ご自身が生命の危険にさらされていながら、入牢中の日朗上人が一人寂しく寒さに震えている姿を思い、心を痛めておられる日蓮聖人の面目が躍如としています。法敵に対しては、石を投げられ、刀を突き付けられても毅然として屈することなく、法華経の教えを説かれた日蓮聖人のみこころには、弟子を気遣う深い優しさが秘められているのであります。
次いで日蓮聖人は、日朗上人の法華経の身読を讃えて、次のように賞讃されています。

 「法華経を余人のよみ候は、口ばかり、ことばばかりはよめども心はよまず、心はよめども身によまず、色心二法(からだと心)共にあそばされたるこそ、貴く候へ。」

 法華経の教えを身体で知るには、難しい理論は覚えなくとも、折にふれて合掌し、南無妙法蓮華経の感謝の念が、自然に口から出るようにならねばなりません。日蓮聖人が法華経の身読をお説きになったことを、今こそ改めて再認識しようではありませんか。聖人は『本尊供養御書』〔(定)一二七六 (縮)一五三三 (類)九八〇〕に、

 「法華経の文字は、六万九千三百八十四字、一一の文字は我等が目には黒き文字と見え候へども、仏の御眼には一一に皆御仏也……大海に入りぬる水は皆鹹(しははゆ)し。須弥山に近づく鳥は金色となる也。阿伽陀薬は毒を薬となす。法華経の不思議も又、是の如し。凡夫を仏に成し給ふ。蕪は鶉となり山の芋はうなぎ(鰻)となる。世間の不思議以て是の如し。何かに況や法華経の御力をや。」

と、法華経の不思議な経力を述べられています。
百四代後柏原天皇は、

   ひとすぢに 思い入りぬる法の道 障あるべき ひまもあらめや

と当品の心を詠じられています。

法華経とは トップへ戻る

このページのトップへ ▲