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『お彼岸(1)』

記事:布教師 林 信晴

彼岸という言葉は、古代インドの梵語のパーラミター(波羅密多)、これを漢文で申しますと「到彼岸」つまり、私達が日々抱えている数々の煩悩という迷いの世界を此岸といい、反対に悟りの彼の岸を彼岸と申します。その岸に到達することが、到彼岸という事であります。

 しかし、この言葉の生まれたインド、また、彼岸と訳された中国では、彼岸の行事等は現在は残って居ないようです。

 彼岸になるとよく耳にする「暑さ寒さも彼岸まで」の言葉も日本でこそ当てはまるものであり、また、使われることわざであります。

 彼岸には春と秋年2回ありますが、春は、冬から次第に温かくなり木や草花が芽吹き、秋は、夏の暑さも和らぎはじめ、いずれも心地よい気候にあたり、この時期に彼岸が有るのもよく理解できます。

 また、古来農耕を中心とした日本では、春は田植えを前に、豊作を祈り、秋は刈り入れを前に豊作に感謝し、そして豊作を祝う、最も大切な時期と考えられます。

 そこに日本独特の宗教心や信仰心が加わり、長い間の風習として現在まで受け継がれているのです。

 また、お中日を挟んで、前後3日の一週間を彼岸と申しますが、彼岸のお中日は昼と夜の長さが同じであり、どちらにも偏らない仏教の中道(正しい道)という考え方により、お中日が特別な意味を持つのであります。

 そして、1948年に祝日に制定され、秋分の日は「祖先を敬い、亡くなった人を忍ぶ日」とされています。

 ご先祖様を敬うのも、故人を回向し供養するのも大切な事ですが、私達自身がこの良き仏教の行事を通じ、寂光上・彼の岸へ少しでも近づくよう、お題目の功徳を信じ、佛の種を蒔き、育てていく日にしたいものです。

 「今日彼岸 菩提のたねを まく日かな」与謝 蕪村

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