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「見えなかった気付き」

記事:布教師 上川普経

 今世間では、コロナウィルスの感染で、どこに行っても落ち着かない日々が続いております。生活そのものが変化し、コロナ前の生活に戻るのか…戻らないのか…色々な情報・環境等で先も見えず、誰にも分かりません。神仏のみ知る領域なのか、心から不安になる日々が増えてきているように思えます。

 日蓮大聖人の御妙判に『立正安国論』があります。
  「近年より近日に至るまで天変地夭飢饉疫癘、遍く天下に満ち、広く地上に迸る…」
 日蓮大聖人の時代にも、大地震があり、台風や大飢饉、また大疫病が蔓延して、しかも四季を通じて大疫病が終息せず、国民の多くが死に絶えてしまう状況でした。

 こうした社会に災難が起こる根本原因を尋ねますと、人々が正しい法、すなわち仏様を信じないで正法に背き、南無妙法蓮華経をお唱えしないからだと、大聖人は仰せです。これは、正法を背き、人々が悪法に染まった結果、日本国内を守護する諸天善神が、南無妙法蓮華経の法味を食することができずにおられ、国を捨て聖人も立ち去ることとなってしまい、こうして悪鬼が力を得て災難を起こしてしまうことが理由です。

 話は変わりますが、私のお寺での出来事です。ある時、風が強い日が続いていました。朝、お寺のインターホンが鳴って、玄関を覗いてみると、そこには小学2年生の男の子がいました。「おはようございます!」と大きな挨拶をくれて、朝から和やかにありがたいと心から思いました。男の子は何かを伝えたそうな雰囲気があったので話を聞いてみると、「昨日小さい鯉のぼりが遠く飛ばされていたよ。でも、朝学校に行くときお寺さんの前を通るから、僕すぐ分かった!昨日何回も拾っては、御地蔵さんの机に置くけど、またすぐに飛ばされてしまう・・・だから飛ばされた鯉のぼりに大きな石を置いたんだ。」と、男の子は私に言ってくれました。外を見てみると本当に大きい石が置いてありました。そして、飛ばされた鯉のぼりを元の場所にお供えした時、何気なく私が小学生時代の遊びを思い出しました。それは、5W1H(ゴ ダブリュー イチ エイチ)という遊びです。

 5W1Hとは、6人1組で決められた順番で1:いつ? 2:どこで? 3:だれが? 4:なにを? 5:なぜ? 6:どうした?を用紙に書き、それを読み上げていく遊びです。先ほどの男の子の行動と5W1Hの遊びを重ね合わせてみると、自分では気づかなかった事が見えてきたように感じました。まずは、男の子の行動を見てみると、1:いつ?→昨日、2:どこで?→道路で、3:だれが?→その小学生が、4:なにを?→飛ばされた鯉のぼりを、5:なぜ?→違う場所にあったので、6:どうした?→風で飛ばされないように石を置いておいた…、と整理できます。

 このように、ひとつの行動を6つに分けてみると、私たちが見ている風景が分かりやすくなります。そして、この男の子が鯉のぼりを飛ばされないように大きな石で押さえる行動は、誰かに言われたり、命令されたりした行動ではないことが分かります。後で御礼を言われようとしたわけでもありません。自分自身の気付きで、あるべきところに戻す為に何度も挑戦し、鯉のぼりを御地蔵様に戻しては飛ばされての繰り返しでした。そしてついに、男の子は知恵を絞って、何気なく石を置いたのです。この男の子の心優しい行為は、誰でも簡単にできる行動ではありません。人によっては全く興味が無く、気付かなかったり、見て見ぬ振りをしたりするかもしれません。或いは一度は戻しますが、途中で諦めるかもしれません。

 この子のおかげで、気付いているように見えて忘れかけている自分の心に、改めて気付かされました。情報に流され迷わされ、あたかも自分自身で行動しているようで、していなかったように思います。「誰かがやっているから自分は、・・・。そうじゃない。」と。コロナに勝つためには、まず私が魂のこもった御題目、南無妙法蓮華経を心から唱えなくてはなりません。今こそ本当の魂の南無妙法蓮華経でなければなりません。日々の生活で南無妙法蓮華経に出会えることは当たり前ではありません。自分自身には見えない支えや真心もあります。心から生かされている事などに感謝し、末法時代だからこそ、今、三大秘法の御題目、魂の心がこもった南無妙法蓮華経でなければならないと気付かされました。 

 日蓮大聖人の御生誕800年の節目の年に、なぜコロナが感染拡大したのか?そして、まだ収まる気配が無い事に、悩まれている人や不安に感じる人がいらっしゃると思います。日蓮大聖人様の時代にも、飢饉・疫病・政治・他国問題等がありました。このコロナは現代版疫病のように思います。だからこそ日蓮大聖人がおっしゃる通り、善神がこの国を捨て悪鬼が来ないようにするためには、魂の南無妙法蓮華経をお唱えしなければなりません。
 5W1Hで表現をしますと、
 1:いつ?→末法時代の今、2:どこで?→身・口・意で、3:だれが?→自分自身が、4:なにを?→三大秘法の南無妙法蓮華経を、5:なぜ?→成仏するため、6:どうした?→魂の御題目を唱えさせていただく、になります。

 信仰は、自分自身の精進が大切です。だからこそ、自分自身が南無妙法蓮華経の信仰とは何かを今一度見つめ直し、人と自分の信仰を比べること無く、昨日の自分と今日の自分の信仰、そして今日の自分と明日の自分の信仰とを比べ、魂の南無妙法蓮華経をお唱えしないといけません。そして、誰であっても「方便の諸経は地獄に堕ちる根源であり、真実の御題目、南無妙法蓮華経だけが成仏の法である」(『如説修行抄』)と強く思うことが大切です。 
 この御妙判から日蓮大聖人が、迷える私たちに「末法時代だからこそ、恐れずに三大秘法の南無妙法蓮華経をお唱えしなければいけません」とおっしゃっているように感じます。

南無妙法蓮華経

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