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「水のように」

記事:布教師 上川普経

 最近、仕事や学校、家庭などさまざまなことが原因で心が疲れたという人から相談を受けます。

 話を聞かせていただくと「何もかも物事がうまくいかず、人の目が気になって何もできません。自分さえいなければ物事がうまくいくのか…」と相談を受けます。

 この世に生まれなくて良い命はありません。一人一人必ず意味がある生を受けます。仏様は私たちを見守っています。寝ているときも起きているときも、呼吸をするように常に一緒です。

 水のように きよく いきいきと
 水のように たまには 力づよく
 水のように こだわらず

 同じ水でも小川のようにゆっくり流れるときもあれば、たくさん雨が降れば力強く流れるときもあります。 流れる方向は一緒です。山からはじまり、海にたどり着きます。流れがゆっくりだとあちこち負担も少なくたどりつきます。 逆に流れが強過ぎるとあちこち負担をかけてしまい、被害が拡大する可能性があります。

 私たちの生活においても自分のペースでゆっくりおこなうと負担は少ないかもしれません。 逆に頑張り過ぎると疲れてしまい、同時に心も疲れてしまいます。心が疲れては物事もうまくはいかないことがありますし、つらくもなります。 もし生活の中でつらくなりそうなときは、自分自身を責めすぎないでまわりの人に助けを求めて下さい。 あるいはまわりの人がいつもと何か違えばあれば一声かけてください。

 たまには何も考えず水がながれるように身を任せ、散歩がてら菩提寺や近くのお寺に行ってみるのも心の疲れがとれるきっかけになるかもしれません。

南無妙法蓮華経

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